2009年12月29日

上海日記1 (12/29)  2009/12

 上海への出発日。上海は昔から栄えていたアジアの玄関口。最近ではお洒落なレストランやショップも多く、中国の歴史深いオリエンタルな雰囲気とフランス租界などのヨーロッパ的な雰囲気、そして発展を続ける近未来的な雰囲気がミックスされているイメージ。物価も安いし近いので一度は行ってみたかった。
 休暇ならば暖かい国のプールでのんびりバカンス、というのも魅力的だったが、防寒をしっかりする事で中国に決定。プールリゾートならば一日中ホテルにいてのんびりできるが、都市の場合、部屋にいても仕方ないので一日、外を歩く事になる。その上寒いのでリラックス休暇にはならないが、まあ、海外はどこでも刺激的で面白いのでとりあえず中国に決定。


 上海は羽田空港から行けるのが何よりも魅力。成田空港の場合、飛行機出発の2時間前に空港に到着、家を出るのはさらに2時間前なので、合計4時間前には家を出なければならない。羽田の場合、出発の1時間前に空港に到着すれば充分。国際線のターミナルは小さくて一日の便も少ない。羽田の国内線に比べても歩く距離は5分の1以下。到着してチェックインして出国審査をして直ぐに飛行機に乗れる。最短で空港到着から5分くらいで乗れる感じなので、チェックイン時間の規則を考えても1時間前に着けば充分。羽田なら都内から1時間で行けるので出発時間の2時間前に家を出れば充分。成田に比べて2時間もお得。ヨーロッパやアメリカ等の10時間以上かかるところならいいが、アジアなど飛行時間が2〜3時間の所だと、成田に行く2時間は大きい、飛行時間より空港に行く時間の方が長いときもある。羽田の国際線は北京、上海、ソウル、香港に飛んでるけど、今年の10月に正式に国際空港になるとヨーロッパやアメリカにも行けるので便利になる。週末に気軽に海外に行ける感覚だ。

 中国はクレジットカードが使えないところも多そうなので、空港でちょっと多めに中国元に両替して、ラウンジで一休みして機内へ。いざ離陸。ハッピーフライトの時のくせで、飛行機に乗っている間は操縦手順を頭の中でシュミレートしてしまう。3時間半のフライト。機内誌を見ると1月の便にはTHIS IS ITの機内上映があるらしい。それは楽しみ、帰りの便で絶対に見よう。現地時間でお昼の12時に到着。時差は一時間(日本が一時間早い)。
 上海は晴れていた。以外に暖かい。ホテルの車が迎えに来ていたので乗り込む。中国が左ハンドルで右側通行という事を初めて知った。行き先は270キロ離れている杭州。車で3時間。ガイドブックを見ると上海の観光は2〜3日で充分と書いてあった。今回の滞在は6泊なので、2泊分は杭州に行く事にした。車で1時間ばかり走った所で空港の職員さんから携帯に電話が、ちょっとした手違いと忘れ物で空港に戻る事に。ここで今回のテーマを認識「あせらずにゆっくり確実に」これは来年のテーマかもしれない。空港に戻る高速が渋滞していてなかなか動かず、結局2時間近くかかって空港へ。そしてまたホテルへ。夕方6時過ぎ、やっとホテルに到着。空港に戻らなければ3時には着いていた予定だったが、旅には予想外の出来事はつきもの。思うように行かない事も受け入れて楽しもう。羽田から3時間半のフライトで、昼の12時に上海に着いて、その後5時間くらい車に乗って杭州へ・・・近いはずだったのだが。
 杭州リゾートホテル。ベランダ付きの部屋。荷物を部屋においてホテル内の中華レストランへ。今日は機内食しか食べていないのでお腹が減っている。中華をたらふく食べて部屋でのんびり。明日は杭州の西湖の観光へ。

2009年12月21日

Year  2009/12


2009年もそろそろ暮れる頃。今年の後半は「あべ一座」が終わって直ぐに、7月中旬〜8月下旬まで映画「ライアーゲーム」の撮影。密室で出演者11人揃って毎日やっていました。暑かった。そのまま9月中旬〜12月中旬は連続ドラマ「小公女セイラ」の撮影に。学園物のフレッシュな感じが新鮮でした。途中、10月上旬〜11月上旬は映画「ジーンワルツ」の撮影。生命を描く大きなテーマでした。11月下旬からは1月スタートの連続ドラマ「853」の撮影に入っています。本格的な刑事物は初めてなのでどんな刑事像を作れるのかワクワクしています。その合間にもいろいろ他の仕事を。

なんとなく慌ただしく駆け抜けた2009年という感じで、充実した時間を過ごしました。最近は役者として欲がさらに出てきたというか、もっともっと研ぎ澄ませて進んでいきたいと思います。自分のまま、自分のペースでいいと思いますが、足りない部分、向き合わないといけない部分も見えているので、もっと努力して、楽しみながら、俳優業に専念して飛び出して行きたい。そろそろ監督作品も撮りたいしなあ。
ひとまず、今年も一年ありがとうございました。Have a nice holiday and holy day!!!!!

2009年12月14日

pocket Word  2009/12

世界中にこれだけの木があって、同じ形の木は二本とない。枝、葉、根。だから自分も含めてそのままでいい。自然に、素直に、太陽の方を向いて。


バッターボックスに立って思いきりバットを振った。ボールを打って一生懸命走った。そしてホームにたどり着いた。1点追加! そこは、最初に立っていた場所。自分が行動して動いて一周したら、そこが価値のある場所になった。目指すのは最初にいた場所。みんな、最初から答えを持っている。人間がそれをややこしくする、でもそれは人間の愛しい部分。すべては行動。 考えるだけじゃたどり着けない。


役者はココロが商売道具なので、いつも自分らしく曇りなくココロを磨いておきたい。人や自然や世界や宇宙を愛情と興味で見つめて、いつでも素直に自分に映せるように。台本の上に物を置かないとか感謝の気持ち、楽しむ気持ちと健康と自分なりの120%の努力、などなど、日々の発見と前進。

2009年11月12日

ドラマ  2009/11


  近況です。今はセイラの撮影中!話の展開もとんでもない起伏があって、生徒達もみんな個性的で面白いです。10月は映画の撮影をしていました。来年の後半に公開する作品で、来年には詳細が発表になると思いますのでお楽しみに!
  今年の2月に公開した「少年メリケンサック」のTELYA役が3シーンしか出ていないにも関わらず反響が大きく、たくさんの人(同業者も含め)からオモシロカッタヨーと言われたのにびっくりしました。同じ宮藤さんの舞台を7月にやり、やはり面白かった。
  そして10月に番宣でA STUDIOに出ることになり、トークは得意ではないので最初はあまり乗り気じゃなかったんですが、周囲から「もう一歩前(表)に出る時期かも」という声もあり、出させていただくことにしました。そして出演させていただき、鶴瓶さんのお人柄と才能、丁寧な取材もあり、ムチャクチャ楽しい時間を過ごすことが出来ました。これも周りの人や見た方の反響が大きく、ご好評をいただきました。あらためて「楽しむ心」の大切さを感じました。昔の僕を知っている人が番組内に出てくれて、本人も覚えていないような話がたくさんあって、あらためて、こういう価値観(楽しむ・イタズラ心)を持って生きてきたんだなあと思いました。そしてそれを面白がって受け入れてくれる人が大勢いたのにびっくり。
  歳を重ねるにつれ、自由になる部分と職業的・立場的に構えなければならない部分が出てきます。10月の映画は、監督とも数度目の仕事で安心して現場にいるコトが出来たので、すべて監督にまかせて、今までのように頭でいろいろ組み立てて理論的に役をつくっていくのはやめてみようと思いました。ただ、今まで生きてきた自分がそこに居て、役のまんまに感じて行動してみようと。A STUDIOも含めて、自分という存在をもう少し出す時期なのかなあと思いました。もちろん、大勢の人に支えられて歩んできた俳優という道(メインストリート)や自分の中の大切な部分は守りつつ、もう少し開いて壁を低くして何かできないかと。俳優としてもっと広い場所に行きたいという気持ちがあるので。
  それでとりあえず10月の下旬よりTwitterを始めてみることにしました。Twitterは140文字なので、長文のように構成することもできず、感じたことや頭のイメージを構えずに出せる面白さがありました。長文だと、ちゃんとデッサンして構図を考えて何回も書き直してきちんと絵を描く感じで、Twitterは頭の中を気軽にスケッチをしているみたいな感覚です。イメージと言語が近い。自分でも気付かない発見があって面白いです。スケッチがたまって、無意識に何かの絵の下書きになると面白いかなと思います。
  自分が今までやってきた行動を見ると、それが何かの布石になっているコトも多いので、これも何かにつながるのかなあ、と自分では思っています。ネット自体は普及したものですが、Twitter自体はまだ発展途上です。マスメディアで仕事をする者として、Twitterがマスになるとスタンスが変わってきてしまうので、今くらいは丁度いいです。これから他の短文サービスも始まって、Twitter自体がマスになったらまた新たな発展や展開もでてくるかもしれません。Twitterは世界的なサービスなので、国境を越えたコミュニケーションも出来るし、反応も早いので「今」を感じられます。とりあえずいつまでもやるのは柄じゃないので、2009年内期間を決めて楽しんでいます。
  Tweet(鳥のさえずり)、鳥のように国境も越えて羽ばたこう!

2009年10月20日

2009年9月9日

Summer  2009/09





 夏は数日、南伊豆に泳ぎに行きました。10年間水泳、3年間ボートをやっていたので水は好きだし、夏はやはり海に入ると気分がいい。東京よりも南なのでだいぶ暖かく、8月下旬でも夏を満喫できた。ちなみに地上から宇宙までの距離は約100キロメートルで、東京から伊豆半島の熱海くらいらしいので、伊豆に行く時はちょっとそれを意識してしまう。そして伊豆半島は数万年前はインドだったという説もあるので(インド沖から移動してきて日本列島にぶつかって、地面を押して富士山が出来た?)、伊豆の山を見ると確かにインドっぽいなあと勝手に思ってしまう。インドには行ったことは無いけれど。そういう風に考えるのも楽しい。
 家に帰って直ぐにもう次の旅行の事を考え始めた。旅行は発見がたくさんあって楽しい。特に海外は価値観や文化も違うので何を見ても聞いても新鮮。まだ知らない土地や国のガイドブックを読んだり地図を見たりあれこれ考えるとワクワクする。
 普段、何かを買う時も旅のことを基準に考える。基本はバックパックひとつで旅するイメージ。カメラは軽いほうがいいな、とか、海外で風景を撮りたいから広角レンズ、パソコンも旅の日記を書いたり写真を編集するので、なるべく軽く、バッテリーが持つヤツ。空港のラウンジやカフェとかで書くのであまり画面が大きいと大げさだし、それに過酷な状況もあるのでタフかどうかなど。携帯電話も世界中で使えて、防水やソーラーチャージャー付きだと、海や砂漠でもいけるなとか。今の電化製品はほとんど世界対応なので以前みたいに変圧器もいらない。コンセントの先の形を変えるアダプターだけあればいいし、6口位の延長コードを一本持っていけばコンセントの先の形を変えるヤツも一つでOK。ホテルも飛行機もネットでかなり詳細な事まで調べたり予約できるので便利な世の中だ。
  なるべく荷物は少なく軽く。海外だとほとんどホテルにいなくて一日中歩くので履きやすくて歩きやすい靴、ホテルで履きかえる時間がなくてもそのままレストランやブティックにも入れるタイプだとなおさら嬉しい。あれこれ考えながら、自分のスタイルで新鮮な気持ちで旅と向き合いたい。  
Have a nice Journey! 

2009年8月18日

All night shooting  2009/08



 新記録。24時間ぶっとおしの撮影。終了時間が26~27時(午前2~3時)までの撮影ならたまにあるし、最高で30時(午前6時)までは経験があるが、今回は撮影終了は朝の9時、業界時間的に言うと33時だ!前日の朝からぶっとおし。毎日16時間撮影がほぼ休み無く一ヶ月続いた最終日。映画のクランクアップの日なので何としても撮りきらなくてはならない。撮影終了して控室に帰る時には、撮影所の他の組の撮影隊が不思議そうに見ていた。体は疲れていたがとても充実した一ヶ月だった。
 その映画の撮影所は今、10本くらいの映画を撮っていて大盛況。僕も春に「ブラック会社~」の撮影で来ていて、去年は「ハッピーフライト」の撮影をしていた。「ハッピーフライト」のステージ(テレビはスタジオ、映画はステージと言います。)を出ると直ぐ目の前に小学校の教室が見えた。それは自分の通っていた小学校の自分の教室で、「ああ、あっちからも見えてたんだあー」と感慨にふける。まさかこういう仕事をして、地元で仕事をするなんて予想もしなかった。                  


(2010/3後述:撮影はライアーゲーム ザ ファイナルステージ)

2009年8月17日

もすきーと  2009/08


 夏真っ盛り。自慢では無いが僕は蚊に刺されたことがない。詳しく言うと、刺されてはいない、刺させているのだ。それも殆どが、知らない間に、気付かない間に刺させている。くやしい。あのかゆみは耐えられない。服の上からでも刺してくる。大きな心で言うと「そんなに刺したいならいいよ別に、でも後で、俺がかゆくなるけどね!」という感じだが、あのかゆみは耐えられない。出来れば刺さないでほしい。                                

2009年7月16日

half of 2009  2009/07



 2009年も折りかえし後半に突入しました。今年の頭は昨年末から撮り始めた「神の雫」(1~3月連続ドラマ、全9話)の撮影で幕が開け、1月の上旬からは平行して「空飛ぶタイヤ」(3~4月連続ドラマ、全5話)の撮影。神の雫はもともとコミックを読んでいて、ドラマの毎回の展開も楽しみで、参加できて嬉しかったです。タイヤは骨太な社会派人間ドラマ。シナリオ、展開ともに練られていました。各立場の人の多面的な感情、人間同士のぶつかりが多角的に表現されていました。3月中旬には両方とも撮影が終わり、3月下旬に「ふたつのスピカ」(6月~7月連続ドラマ、全7話)の撮影にイン。若い役者さん達の感情表現もとても素直で新鮮で素晴らしかった。忘れていたものをたくさん思い出した。これは今オンエアしていますが、まわりの大人が意外にも夢中になっていて、あらためて青春と呼ばれる時代の大切さと輝きを感じます。シナリオも、誰かが良いセリフを言おうとすると誰かがちゃんとちゃかして真剣ぽくしない所がリアルでよかった。
 スピカの撮影が空く4月下旬から3週間ほど「ブラック会社の勤めているんだがもう俺は限界かもしれない」(映画、2009末公開)の撮影に参加。ずっとスタジオで8人で芝居をしていたのが面白かった。芸達者な人も多く、ストーリーもてんやわんやの連続ですごく面白かった。5月中旬にブラック会社がクランクアップし、スピカの撮影に戻り、6月の上旬にスピカの撮影も終了。
  数日後、名古屋へ。NHK名古屋制作の「気骨の判決」(単発ドラマ、8月放送)の撮影。史実を基にした骨太なドラマ。約2週間の名古屋生活でひつまぶしなどの美味しいものも満喫。6月25日、名古屋から東京に帰り、そのまま渋谷のNHKに行き「あべ一座」(舞台収録、8月放送)の顔合わせ。これは3月頃にお話を頂いて、「あべ」じゃないのになんでだろう?と思ったんですが、理由を聞いて納得。さすが宮藤さん、面白いことを考える。7月11日の本番に向けて稽古が始まった。稽古は実質10日くらい(5時間が5日、8時間が5日くらい。)それで2時間半のステージを作れるのだろうか。普通の舞台は1日8時間の稽古を一ヶ月、本番が始まっても日々修正。しかし今回は時間がない、さらに本番は一回。出演者も100人以上でコーナーも多い。でもなんとか稽古をみっちりと重ねて重ねて本番。最終的に全通しの稽古が終了したのが本番当日の17時半。本番は18時半、ぎりぎりまで調整。そして幕が開いた。ものすごく楽しかった。いろんな役をやった、あまり一つ一つ難しく考えずに、なんでもやって、楽しんで、田辺のままでいいんだよ、というメッセージを感じた。いろいろなことで悩むことも多いけど、今回の仕事をやった意味がそこにあるのかなあと思った。出演者とスタッフ、3000人の観客が一体となってとにかく突き進んだ。幕が開くまで阿部サダヲさん、阿部義晴さん以外の出演者は全てシークレット、内容も一切知らされていない。お客さんには目の前で次から次へと繰り広げられる奇想天外のステージを楽しんでもらえたようでよかった。
 宮藤さんとの仕事は4回目、いつも考えもしなかったことをさせてもらい、とても面白い。歌、踊り、5つの役、MCをやった。とても楽しい時間だった。次の日の仕事が朝早かったので打ち上げには参加せずに帰った。2009後半もがんばります。

2009年5月27日

Time Cupsule  2009/05


 映画やドラマの合間の休日、時間があったので生まれてから10歳まで暮らしていた町を散歩。まずは杉並区の永福町にある大宮八幡宮へ。とても大きな地元の神社。生まれたときのお宮参りもここだし、幼稚園も神社内にある幼稚園に通っていた。今でも気が向いたときに(年に五回くらい)はこの神社にお参りに来る。神社は昔から変わらないけど、幼稚園は昔は木造の校舎だったけど、今は新しくなっている。後輩達の園児が楽しそうに声を上げていた。
幼稚園の隣には大きな区民プールがあって、小学生の頃、夏によく行った。神社の隣の和田堀公園のあたりは昔のままだ。釣り堀や池もそのまんま。住宅街も意外に昔のまんま。マンションに変わった所もあるけれど、お店や家や雰囲気は三十年前とあまり変わっていない。駄菓子屋などなくなったお店もあるけれど、小さな文房具屋さんやお肉屋さんなどはそのまんまだ。僕が生まれた小さな病院は普通の住宅になっていた。
 通っていた松ノ木小学校も昔のまんま。最近では夏に松ノ木プロレスをやっていて、なかなか盛り上がっているらしい。当時、仲が良かった山崎くんや高橋くんや池田くんの家の前も通ってみたけど、みんなもう、この町には住んでいないっぽかった。ちょっと寂しい感じもするが、どこかで元気にやっている事だろう。僕が五年生の時に転校した後に、その3人が、僕がその町に帰ってきたときに町の事を思い出すように、メッセージや思い出の品をタイムカプセルに入れて埋めてくれた。当時、電話でその場所を聞いていたはずだが、今回それらしき場所に行ってもどこだか分からなかった。
 そのまま歩いて10分くらいの子供の頃によく行った阿佐谷の商店街へ。ちょっとびっくり。アーケード街が駅から数キロ続いているのだが、シャッター商店街には全くなっていなくて、平日の昼なのに人が溢れていて、お店もみんな開いていて、活気があった。スーパーなどもあるけれど、この辺の人たちはみんな、小さな魚屋や肉屋で買い物をしていて、それを楽しんでいるんだなあと思った。人と人が支え合っているというか、弱さやなんかも含めてかかわり合って生きている感じがした。下町に行くともっとそういう要素が増えるのかもしれないけど、10歳から住んでいる山の手地区にはない雰囲気だなあとあらためて思った。山の手の良さもたくさんあるけど、ここと比べると個々の壁が高い感じがする。久々のその解放感に、僕もちょっと嬉しくなって、何か買うときや暇そうなおじさんに声をかけるようにした。挨拶程度だったり、ちょっと立ち話的に話を聞いたり。信号待ちで隣にいるおばあちゃんにも「今日は暑いですね」とか、何かいつも以上に壁をとりはらって、人と関わりたい気分だ。僕も含めて弱い、でもみんながんばっていて、楽しもうとしている。
 アーケード街を歩いていて、お腹が減ったけれど、とりあえず地元だった町まで戻って、子供の頃にお小遣いで唐揚げを買っていた小さなお肉屋さんでメンチカツなどを買って、飲み物もコンビニじゃなく、昔からがんばっている雑貨屋さんで買って、子供の頃に遊んでいた公園で食べた。子供の頃に、毎日、日が暮れるまで遊んでいた町。今、もう一回やり直せと言われても、やはり同じ遊びをすると思う。遊ぶ場所がたくさんあって、好奇心は途絶えなくて、子供の目から見ると、世の中はどこまでもどこまでも広い感じがした。