2009年7月16日

half of 2009  2009/07



 2009年も折りかえし後半に突入しました。今年の頭は昨年末から撮り始めた「神の雫」(1~3月連続ドラマ、全9話)の撮影で幕が開け、1月の上旬からは平行して「空飛ぶタイヤ」(3~4月連続ドラマ、全5話)の撮影。神の雫はもともとコミックを読んでいて、ドラマの毎回の展開も楽しみで、参加できて嬉しかったです。タイヤは骨太な社会派人間ドラマ。シナリオ、展開ともに練られていました。各立場の人の多面的な感情、人間同士のぶつかりが多角的に表現されていました。3月中旬には両方とも撮影が終わり、3月下旬に「ふたつのスピカ」(6月~7月連続ドラマ、全7話)の撮影にイン。若い役者さん達の感情表現もとても素直で新鮮で素晴らしかった。忘れていたものをたくさん思い出した。これは今オンエアしていますが、まわりの大人が意外にも夢中になっていて、あらためて青春と呼ばれる時代の大切さと輝きを感じます。シナリオも、誰かが良いセリフを言おうとすると誰かがちゃんとちゃかして真剣ぽくしない所がリアルでよかった。
 スピカの撮影が空く4月下旬から3週間ほど「ブラック会社の勤めているんだがもう俺は限界かもしれない」(映画、2009末公開)の撮影に参加。ずっとスタジオで8人で芝居をしていたのが面白かった。芸達者な人も多く、ストーリーもてんやわんやの連続ですごく面白かった。5月中旬にブラック会社がクランクアップし、スピカの撮影に戻り、6月の上旬にスピカの撮影も終了。
  数日後、名古屋へ。NHK名古屋制作の「気骨の判決」(単発ドラマ、8月放送)の撮影。史実を基にした骨太なドラマ。約2週間の名古屋生活でひつまぶしなどの美味しいものも満喫。6月25日、名古屋から東京に帰り、そのまま渋谷のNHKに行き「あべ一座」(舞台収録、8月放送)の顔合わせ。これは3月頃にお話を頂いて、「あべ」じゃないのになんでだろう?と思ったんですが、理由を聞いて納得。さすが宮藤さん、面白いことを考える。7月11日の本番に向けて稽古が始まった。稽古は実質10日くらい(5時間が5日、8時間が5日くらい。)それで2時間半のステージを作れるのだろうか。普通の舞台は1日8時間の稽古を一ヶ月、本番が始まっても日々修正。しかし今回は時間がない、さらに本番は一回。出演者も100人以上でコーナーも多い。でもなんとか稽古をみっちりと重ねて重ねて本番。最終的に全通しの稽古が終了したのが本番当日の17時半。本番は18時半、ぎりぎりまで調整。そして幕が開いた。ものすごく楽しかった。いろんな役をやった、あまり一つ一つ難しく考えずに、なんでもやって、楽しんで、田辺のままでいいんだよ、というメッセージを感じた。いろいろなことで悩むことも多いけど、今回の仕事をやった意味がそこにあるのかなあと思った。出演者とスタッフ、3000人の観客が一体となってとにかく突き進んだ。幕が開くまで阿部サダヲさん、阿部義晴さん以外の出演者は全てシークレット、内容も一切知らされていない。お客さんには目の前で次から次へと繰り広げられる奇想天外のステージを楽しんでもらえたようでよかった。
 宮藤さんとの仕事は4回目、いつも考えもしなかったことをさせてもらい、とても面白い。歌、踊り、5つの役、MCをやった。とても楽しい時間だった。次の日の仕事が朝早かったので打ち上げには参加せずに帰った。2009後半もがんばります。

2009年5月27日

Time Cupsule  2009/05


 映画やドラマの合間の休日、時間があったので生まれてから10歳まで暮らしていた町を散歩。まずは杉並区の永福町にある大宮八幡宮へ。とても大きな地元の神社。生まれたときのお宮参りもここだし、幼稚園も神社内にある幼稚園に通っていた。今でも気が向いたときに(年に五回くらい)はこの神社にお参りに来る。神社は昔から変わらないけど、幼稚園は昔は木造の校舎だったけど、今は新しくなっている。後輩達の園児が楽しそうに声を上げていた。
幼稚園の隣には大きな区民プールがあって、小学生の頃、夏によく行った。神社の隣の和田堀公園のあたりは昔のままだ。釣り堀や池もそのまんま。住宅街も意外に昔のまんま。マンションに変わった所もあるけれど、お店や家や雰囲気は三十年前とあまり変わっていない。駄菓子屋などなくなったお店もあるけれど、小さな文房具屋さんやお肉屋さんなどはそのまんまだ。僕が生まれた小さな病院は普通の住宅になっていた。
 通っていた松ノ木小学校も昔のまんま。最近では夏に松ノ木プロレスをやっていて、なかなか盛り上がっているらしい。当時、仲が良かった山崎くんや高橋くんや池田くんの家の前も通ってみたけど、みんなもう、この町には住んでいないっぽかった。ちょっと寂しい感じもするが、どこかで元気にやっている事だろう。僕が五年生の時に転校した後に、その3人が、僕がその町に帰ってきたときに町の事を思い出すように、メッセージや思い出の品をタイムカプセルに入れて埋めてくれた。当時、電話でその場所を聞いていたはずだが、今回それらしき場所に行ってもどこだか分からなかった。
 そのまま歩いて10分くらいの子供の頃によく行った阿佐谷の商店街へ。ちょっとびっくり。アーケード街が駅から数キロ続いているのだが、シャッター商店街には全くなっていなくて、平日の昼なのに人が溢れていて、お店もみんな開いていて、活気があった。スーパーなどもあるけれど、この辺の人たちはみんな、小さな魚屋や肉屋で買い物をしていて、それを楽しんでいるんだなあと思った。人と人が支え合っているというか、弱さやなんかも含めてかかわり合って生きている感じがした。下町に行くともっとそういう要素が増えるのかもしれないけど、10歳から住んでいる山の手地区にはない雰囲気だなあとあらためて思った。山の手の良さもたくさんあるけど、ここと比べると個々の壁が高い感じがする。久々のその解放感に、僕もちょっと嬉しくなって、何か買うときや暇そうなおじさんに声をかけるようにした。挨拶程度だったり、ちょっと立ち話的に話を聞いたり。信号待ちで隣にいるおばあちゃんにも「今日は暑いですね」とか、何かいつも以上に壁をとりはらって、人と関わりたい気分だ。僕も含めて弱い、でもみんながんばっていて、楽しもうとしている。
 アーケード街を歩いていて、お腹が減ったけれど、とりあえず地元だった町まで戻って、子供の頃にお小遣いで唐揚げを買っていた小さなお肉屋さんでメンチカツなどを買って、飲み物もコンビニじゃなく、昔からがんばっている雑貨屋さんで買って、子供の頃に遊んでいた公園で食べた。子供の頃に、毎日、日が暮れるまで遊んでいた町。今、もう一回やり直せと言われても、やはり同じ遊びをすると思う。遊ぶ場所がたくさんあって、好奇心は途絶えなくて、子供の目から見ると、世の中はどこまでもどこまでも広い感じがした。

2009年4月3日

b/d 40th  2009/04


 誕生日です。どこから見ても充分に大人!の年齢になりました。成人式二回分です。これからも空に浮かぶ風船のように、川面に浮かぶ木の葉のように、ゆらりゆらりと大きな広い美しいところを目指して旅していきたいと思います。 

2009年3月6日

act  2009/03



 俳優という仕事をさせてもらって早17年。最近はとても幸せを感じる。とことんまで何かを追求して、表現をすることがとても楽しい。神の雫はもともと原作を読んでいたということもあり、濃い収録をすることが出来た。公開中の「少年メリケンサック」のTELYAというキャラも演じていて面白かった。映画を見た人にも好評なようなのでとても嬉しい。       
 10代の頃に、シティボーイズや怪物ランド、スネークマンショーに影響を受けて、友達とコントを作り始めた。笑いの中に人生の輝く部分が見えたり、切なさが見えたり。長いものを作るのは大変なので、コントだと短い時間で、突拍子もない設定で物語が作れる。笑いというシュガーコティングの中に優しく口当たりの良いテーマを織り込める。そしてそれらを短編映画として作り始め、映像を作ることに興味を持った。そして演じることを始めた。    
 23歳の時にフランスに行って、フランス語では俳優のことを「コメディアン」、女優のことを「コメディエンヌ」と呼ぶ事を知った。演劇のことは「コメディ」。それで自分の中で何かが結びついた。笑いは人生の美しさ、切なさ、孤独、喜びを表現するために必要な要素だと再認識した。人は悲しい時にこそ笑ったり、笑うしかなかったり、笑いが何かを救ったり、幸せにしたり、真剣な姿が笑えたり、笑った後に残る何か・・・。各国でもお笑いを作り出す人は同時に深みのある表現者でもある(日本だと松本人志や小林賢太郎、板尾創路など)。これからも自分なりに真摯に探求し、楽しくやっていこう!と思います。

2009年1月1日

A/H/N/Y   2009/01



あけましておめでとうございます! 
ことしもよろしくおねがいします!!

2008年12月7日

NYC5  2008/12





 5日目、帰る日。やはり朝6時には目が覚めた。健康的だ。11時の飛行機なので8時にホテルを出れば大丈夫。荷物のパッキングは昨夜してあったので、近くのスタバへ。スタバの手前の旅行代理店の窓に張ってある紙を見ると、ロンドンまでの航空券が結構安かった。今から日本に帰ると14時間、ロンドンなら6時間・・・うーん、魅力的だ。このままロンドンに渡って、西廻りで1ヶ月くらいかけて日本に帰ってくるのも面白そうだ。しかしまあ、早いところ日本にも帰りたい。日本はやはり落ち着く。
 コーヒーを飲んで暖まり、ホテルをチェックアウト。ホテルと契約しているタクシーで空港へ。タクシーの運転手さんは普通の主婦っぽい白人のおばちゃんで、どう見てもこの大きな車をいつも運転している感じはしない。日曜日だけ、車を借りてハイヤー業をやっているっぽい。いろんな所で、いろんな人の人生を想像する。降りる時に「水曜にテレビで見たわよ。」と言われた。ハッピーフライトの舞台挨拶は地元のテレビクルーも結構来ていたのでそのテレビを見たのだろう。嬉しい。車を降りて、飛行機のチェックインをした。道は空いていて早く空港に着いたので、コーヒーを買って外でぼんやりと風景を眺める。17年ぶりのNY、次に呼ばれるのはいつだろうか、など考えつつ。近くにスズメがたくさん来て、エサを食べていた。みんな丸々していて、おなかが地面に着きそうなのが可愛かった。

2008年12月6日

NYC4  2008/12


 4日目。さすがに毎日15時間くらい外を歩いていると疲れる。更に寒いので体にも力が入り体が凝る。分厚いコートだけでも4キロくらいありそうだ。日本では車ばかりでそんなに歩かないが、旅先ではホテルにいてもしょうがないので、一日中歩く歩く。ヨーロッパみたいに歩道に気軽なカフェも無いので、ひたすら歩く歩く。
 朝8時、ホテルの近くのスタバに入り、温かいコーヒーを飲みながら昨日ネットで調べておいたチャイナタウンのマッサージ屋さんに電話してみた。部屋はインターネット接続可能だったので、いろいろ日本と変わらずに過ごせるので便利だ。無料で日本とのテレビ電話も出来る。今やホテル滞在でインターネットは電気やガス、水道と並ぶライフラインだ。そこのマッサージ屋さんはアメリカのTIMES誌でベストマッサージに選ばれたお店で、土日は予約しないと難しいらしい。今日は土曜。電話したら10時に予約できたので、そのままバスに乗ってチャイナタウンへ。ご主人は日本語のうまい台湾の人だった。指圧を1時間と足裏を30分、体も軽くなり復活。

 軽くなった体でリトルイタリーとチャイナタウンを散策。チャイナタウンに教会がいっぱいあったのが印象的だった。異国のコミュニティで暮らすためには必要だったのだろうと思った。チャイナタウンの麺ショップでワンタンメンと春巻きを食べた。いくつかのお店を見て回って、勘で入ったお店だが美味しかった。入った時は人は少なかったけど、出る頃には中国人のお客さんで満員だった。賑やかだった。
その後、ロウアーマンハッタンをバスでめぐりつつ、タイムズスクエアへ。午後2時なので、3時からのミュージカルのマチネ公演を見ようと思ったが、なぜか総合チケット売り場のTKTSで3時からのチケットは売っていなかった。何故だろうと思ったが、まあ流れに身を任せるとして、今回は見なくてもいいという事なのだろう。取材の仕事をして、街をぷらぷらしてホテルへ戻って少し休憩。

夕方5時にまたバスに乗ってSOHOへ。昨日、インターネットで予約していたオフブロードウェイミュージカルの劇場に行って、チケットを受け取った。開演まで時間があったので近くの携帯ショップをのぞいて、スタバでひと休み。外は寒い。今日はここ数日の中で一番冷える。19時、時間が来て劇場へ。日本でも公演したことがある「Fuerza Bruta」。前衛的な内容で、僕が2003年に撮った映画の「LIFE」の実写版みたいな部分もあって面白かった。男の人がベルトコンベアーの上を歩いていると、前から色んな人がすれ違ったり、後ろから追い越したり、壁のカーテンを北京オリンピックの最後の聖火ランナーみたいに走り回ったり、天井に吊るした透明のプールでパフォーマンスしたり。そのプールは20メートル四方くらいで、下が透明で、さらにプール自体が最初は上10メートルくらいの所にあるが、徐々に下に降りてきて、1.5メートルくらいの高さの所まで来るのでみんなしゃがむ。ホースでお客さんに水をかけたり。はちゃめちゃで面白かった。
終演後、バスでホテルの近くまで戻り、ちょっとお洒落なPOP BURGERで小さいサンドウィッチ3つと赤ワインを頼んだ。明日は日本に帰る日だ。ニューヨーク自体は銀座みたいな感じで、お店を見て美術館を見れば2日も滞在すれば十分な感じだが、4日間でいろいろ見て、ゆっくり考えて、感じることが出来たので良かった。お店を出ると雪が降っていた。道理で寒いはずだ。雪を頭に乗せながら、ホテルに帰った。

2008年12月5日

NYC3  2008/12


3日目。やはり朝の6時には目が覚めた。時差ボケなのだろうか。14時間の時差なのだが、朝6時に目が覚めるのは普通というか、まあ健康的な感じだ。コーヒーを買いにホテルの外へ。エントランス前で丁度チェックアウトして出てきた韓国人の女の子に声をかけられた。「ドラマ、見ていましたヨ」、中国や韓国、香港、南はインドネシアまで日本のドラマが広く放送されていて、声をかけられることが結構多い。さらに日本のドラマを好きな人は日本語も勉強していて、日本語が本当にうまい。色んな国の人が自分の出ている映画やドラマを見てくれるのは嬉しい。
そのまま近くのマクドナルドで朝マック。ミッドタウンは昨日だいたい見たので、今日は下のSOHO地区に行くことにした。タクシーは面白くないので、海外では地下鉄を利用するようにしているが、今回は地下鉄は危ないという情報だったので、なるべくバスで移動することにした。バスだと色んな景色が見れるし、いろんな人が乗ってきたり、いろんな会話が聞こえるので面白い、耳にはiPod無しで。
近くの地下鉄の駅に行き、自動販売機でバス&地下鉄1日チケットを買い地上へ。103番のバスに乗って20分で3Av&14thStに来た。ニューヨークは道路が碁盤の目で、全部番号になっているので、住所が分かりやすい。14thでバスを乗り換え、チェルシー地区へ。バスを降りたところにまたApple storeがあったので少し見て、近所のアレキサンダーマックイーンへ。チェルシー地区はレンガ造りの建物が多く、イギリスっぽい。建物もホテルがあるミッドタウンは50階建て、みたいな高層ビルばかりだが、こっちは5階建てくらいの建物も多く、緑も多い。
そのままSOHOのマークジェイコブスなどぷらぷら見ながら、Norita地区へ。どこのお店でも40%オフのセールだったがあまり欲しい物はなかったので、まあウィンドウショッピングを楽しんだ。Noritaで学食みたいなお店があったので、そこで昼食。好きなものを取って、レジでその重さを量って料金を支払う。お店は結構混んでいた。
 今日のミュージカルのチケットを買いたかったので、バスに乗ってタイムズスクエアへ。途中、いつも日本から個人輸入をしている撮影機材のお店、B&Hがこの近くだと思って、途中でバスを降りた。泊まっているホテルのカードキーの裏に「B&Hで買い物をすると10%オフ」と印刷してあったのも思い出した。歩いていると、夕方前でどんどん寒くなってきた。空気が冷たくて耳が痛い。ようやくB&Hに着いたが、休みだった・・・表示を見ると金曜日の営業時間は10~13時。今は金曜の16時、ええ!13時? 土日なら分かるが、閉まるの早すぎないか?・・・調べてくれば良かった。またバスに乗ってタイムズスクエアで降りると、すぐ前の劇場でCHICAGOをやっていたので、これを見ることにした。今回はなるべく目に付いたものや、来たバスに乗るなど、自然の流れに身を任せて楽しむことにしている。

チケットを買って、まだ時間があるので6番街の写真美術館へ。金曜日の5時過ぎは、チケット代は決まっておらず任意の金額だった。とりあえず任意の金額を支払い、中を見た。見終わっても外は寒いのでそのまま館内のカフェへ。そのまま飲み物を頼む前に寝てしまい、1時間後に目が覚めた。ミュージカルまでまだ時間があったので、タイムズスクエアに戻り、トイザらスでお土産を買った。近くのピザhouseで腹ごしらえ。
20時からCHICAGOを見た。昨日のオペラ座の怪人と違い、セットも衣装もチェンジがなく、役者の力重視の舞台だった。5年前に映画は見ていたが内容は忘れていた。なのであまり内容が分からなかったが、それでも主役二人の芝居と歌、パフォーマンスに圧倒されて、2時間半、楽しめた。俳優としてはミュージカルは出来ないが、演出はしてみたいなあと思った。普段、子供と居る時に、楽しい気分を伝えたり、気分をほぐしたりしたいときにちょっと歌っぽくしたりするので、感情表現として歌を使うというのは自然な感じがする。

2008年12月4日

NYC2 2008/12




 2日目。時差の関係か、朝5時に目が覚めた。散歩にでも行こうと思ったが、窓の外は寒そうなので躊躇。気温はマイナスっぽい・・・しかしもう寝れそうもないのでやはり外へ。近くのApple Storeまで歩いてみた。ここは24時間営業なので朝の6時でも開店している。色々見て細かいものを買って、ホテル近くに戻ってきたら近所のカフェが開いたのでそこでフレンチトーストを頼んだ。
 部屋に戻り、出かける支度をして9時にホテルを出た。ブティックやデパートなどは10時からなので、とりあえず歩いて5分のセントラルパークへ。入ってすぐにアイススケートリンクがあって、もうすべっている人がいた。アイススケート場越しの朝日を浴びるマンハッタンもいい感じだった。冬は空気が冷たいので景色がピーンとしていて心地よい。セントラルパークの岩は数万年前の岩だと聞いていたのでそれを見て回った。氷河期に流されてきた岩らしく、マンハッタン自体がその一枚岩らしい。だから平らだし、地盤も固いらしい。その痕跡がセントラルパークにいっぱいあった。
 一通り散歩して、近くのバーニーズニューヨークが開いたので見て回った。5番街を歩いてブティックをひやかし、ニューヨーク近代美術館、MoMAへ。1階から6階まで一通り見て、1階のレストランで遅めのランチ。MoMAのレストランのThe Modernはなかなか凝った料理を出してくれるお洒落なフレンチアメリカンレストラン。カウンターでランチを食べながらシャンパンを2杯飲んだ。美術館ではダリが面白かった。8月にもバルセロナで見たが、バルセロナの芸術家は、ダリ、ミロ、ピカソ、ガウディと型破りなタイプが多くて面白い。何かそういう気候なのだろうか。これらの作家はインパクトがあるので子供に受けがいいが、ちゃんと基礎があってのこと、と同時に教えなければならない。

 昨日、点灯式があったロックフェラーセンターのクリスマスツリーを見つつ、夕方にホテルに戻り、2時間睡眠をとった。19時に起きて、20時から開演する「オペラ座の怪人」を見にブロードウェイへ。歩いて20分。劇場のロビーに入るとマネージャーがいたので合流。海外でミュージカルを見るのは初めて。とても良かった。最後はとても切なくて感動した。こっちに来る前にオペラ座の怪人の映画を見ていたので、内容は全て理解できた。こっちにいる間はなるべくミュージカルを見ようと思った。
その後、ホテルの近くのアイリッシュパブへ。入り口でドアマンの人に「IDを」と言われたのでパスポートを見せた。セキュリティがしっかりしているんだなあ、と思ったが、よく考えるとIDを見た後、とても気を使った感じになったので、どうやら年齢確認だったらしい。こっちでは21歳以下は飲酒はダメなので。いくらなんでもそんなに若く見えるのだろうか。大きめのハンバーガーとビールを頼んだ。2時頃に店を出て、歩いてホテルへ。こんな時間に歩いても大丈夫だし(場所による)、一人で歩いている人もいっぱいいた。

2008年12月3日

NYC1  2008/12


 12月3日、午前11時発のNH010便でニューヨークへ。今回は向こうの日系のソサエティで「ハッピーフライト」を上映するために渡米。舞台挨拶と取材の予定。滞在は4泊の予定。ニューヨークに行くのはなんと17年ぶり、前に来たのはたしか22歳の冬。時間が経つのは速い!当時はモデルの仕事で来た。23歳でモデルの仕事はやめようと思っていたので、丁度、就職をどうしようか迷っていた時期だった。当時、仕事の途中、ニュージャージーから見たマンハッタンの夜景に感動した。人間の作り出した壮大な景色を見ているうちに、いろいろ考えていてもしょうがない、ええい、やりたいことをやろー、と思って俳優を始めた。とにもかくにも世界の中心、いろんな刺激を受ける街だ。17年経って、街並みも当時と変わっているのだろうか。
12月3日の午前11時に出発して、NYに付いたのが同じ3日の午前9時。13時間のフライトをしても、ちょっと時間が戻った。不思議な感じだ。タイムマシンに乗った感じでバックトゥーザフューチャーのデロリアン気分。帰りは時間が一気に進んで浦島気分なのだろう。アメリカの入国は厳しいので1時間くらいは審査にかかるかと思っていたが、空いていて10分くらいで外に出られた。
 そのままバスで近くのホテルへ行き、衣装に着替えてスタンバイ。外はやはり寒い。北海道くらいの緯度だそうだが、相当寒い。分厚いコートを持ってきておいて良かった。そしてバスでブルックリンブリッジに行って、New Yorkのビル群をバックに「NYにやって来ましたーっ!」という場面をテレビカメラで撮り、再びバスに乗りブルックリンブリッジを渡り、いよいよマンハッタンへ。17年前とあまり景色は変わっていなかった。違いはあちこちの道路から噴出していた蒸気が無くなっているコトくらいだろうか。でもなにかワクワクする街だ。マンハッタンはすごく渋滞していてなかなか車が進まなかった。時間がないのでタイムズスクエアの手前でバスを降りて徒歩移動。タイムズスクエアで取材写真を撮り、そのまま国連本部近くのジャパンソサエティへ。
 打ち合わせをして映画上映終了後に舞台挨拶を行った。現地の全日空のスタッフが手伝っていて、受付から映画館に入るまで、空港でチェックインして飛行機に搭乗するみたいな演出になっていて面白かった。お客さんは日本人半分、外国人半分。みなさん喜んでもらえたようで良かった。今回の映画はヒコーキを舞台にした、そこに働く人たちのお仕事ムービー。コメディ要素も在り、感動も在りで海外の人にも通じるテーマだった。

 2回目の舞台挨拶まで1時間くらい空いたので、歩いて近くのRITE AIDという24時間営業の薬局へ。そこで現地のプリペイド携帯を購入。本体は7ドルで2ドルの通話料込み。普通に棚にぶらさがっているので、それをレジで買うだけ。現地の携帯は通話料がお得で気軽に使えるので、ハワイやアメリカのショッピングモールで家族や仲間と別行動する時や、「ちょっとロビーに集合」などの連絡がしやすい。各国に行くたびに現地で買った携帯がかなり増えてしまった。どちらにしてもいつも日本で使っている携帯がそのまま世界中のほとんどの場所ででも使える便利さは、やはりスゴイ。こっちでは女の人でもBlackberryやiPhone、HTC等のスマートフォンを使っている人をよく見かける。
2回目の舞台挨拶も無事に終了、ホテルにチェックイン。ホテルはレキシントンAvと57th通りのミッドタウンだった。セントラルパークの直ぐ下の右側。ホテル近くのベトナム料理屋で夕食。とりあえずキャンペーンも一段落で、みんなで乾杯。その後、疲れていたのでホテルに戻って就寝。日本出発からそのまま仕事だったので、30時間ぶりに横になった。明日は街を歩いてみよう。