2009年10月20日

2009年9月9日

Summer  2009/09





 夏は数日、南伊豆に泳ぎに行きました。10年間水泳、3年間ボートをやっていたので水は好きだし、夏はやはり海に入ると気分がいい。東京よりも南なのでだいぶ暖かく、8月下旬でも夏を満喫できた。ちなみに地上から宇宙までの距離は約100キロメートルで、東京から伊豆半島の熱海くらいらしいので、伊豆に行く時はちょっとそれを意識してしまう。そして伊豆半島は数万年前はインドだったという説もあるので(インド沖から移動してきて日本列島にぶつかって、地面を押して富士山が出来た?)、伊豆の山を見ると確かにインドっぽいなあと勝手に思ってしまう。インドには行ったことは無いけれど。そういう風に考えるのも楽しい。
 家に帰って直ぐにもう次の旅行の事を考え始めた。旅行は発見がたくさんあって楽しい。特に海外は価値観や文化も違うので何を見ても聞いても新鮮。まだ知らない土地や国のガイドブックを読んだり地図を見たりあれこれ考えるとワクワクする。
 普段、何かを買う時も旅のことを基準に考える。基本はバックパックひとつで旅するイメージ。カメラは軽いほうがいいな、とか、海外で風景を撮りたいから広角レンズ、パソコンも旅の日記を書いたり写真を編集するので、なるべく軽く、バッテリーが持つヤツ。空港のラウンジやカフェとかで書くのであまり画面が大きいと大げさだし、それに過酷な状況もあるのでタフかどうかなど。携帯電話も世界中で使えて、防水やソーラーチャージャー付きだと、海や砂漠でもいけるなとか。今の電化製品はほとんど世界対応なので以前みたいに変圧器もいらない。コンセントの先の形を変えるアダプターだけあればいいし、6口位の延長コードを一本持っていけばコンセントの先の形を変えるヤツも一つでOK。ホテルも飛行機もネットでかなり詳細な事まで調べたり予約できるので便利な世の中だ。
  なるべく荷物は少なく軽く。海外だとほとんどホテルにいなくて一日中歩くので履きやすくて歩きやすい靴、ホテルで履きかえる時間がなくてもそのままレストランやブティックにも入れるタイプだとなおさら嬉しい。あれこれ考えながら、自分のスタイルで新鮮な気持ちで旅と向き合いたい。  
Have a nice Journey! 

2009年8月18日

All night shooting  2009/08



 新記録。24時間ぶっとおしの撮影。終了時間が26~27時(午前2~3時)までの撮影ならたまにあるし、最高で30時(午前6時)までは経験があるが、今回は撮影終了は朝の9時、業界時間的に言うと33時だ!前日の朝からぶっとおし。毎日16時間撮影がほぼ休み無く一ヶ月続いた最終日。映画のクランクアップの日なので何としても撮りきらなくてはならない。撮影終了して控室に帰る時には、撮影所の他の組の撮影隊が不思議そうに見ていた。体は疲れていたがとても充実した一ヶ月だった。
 その映画の撮影所は今、10本くらいの映画を撮っていて大盛況。僕も春に「ブラック会社~」の撮影で来ていて、去年は「ハッピーフライト」の撮影をしていた。「ハッピーフライト」のステージ(テレビはスタジオ、映画はステージと言います。)を出ると直ぐ目の前に小学校の教室が見えた。それは自分の通っていた小学校の自分の教室で、「ああ、あっちからも見えてたんだあー」と感慨にふける。まさかこういう仕事をして、地元で仕事をするなんて予想もしなかった。                  


(2010/3後述:撮影はライアーゲーム ザ ファイナルステージ)

2009年8月17日

もすきーと  2009/08


 夏真っ盛り。自慢では無いが僕は蚊に刺されたことがない。詳しく言うと、刺されてはいない、刺させているのだ。それも殆どが、知らない間に、気付かない間に刺させている。くやしい。あのかゆみは耐えられない。服の上からでも刺してくる。大きな心で言うと「そんなに刺したいならいいよ別に、でも後で、俺がかゆくなるけどね!」という感じだが、あのかゆみは耐えられない。出来れば刺さないでほしい。                                

2009年7月16日

half of 2009  2009/07



 2009年も折りかえし後半に突入しました。今年の頭は昨年末から撮り始めた「神の雫」(1~3月連続ドラマ、全9話)の撮影で幕が開け、1月の上旬からは平行して「空飛ぶタイヤ」(3~4月連続ドラマ、全5話)の撮影。神の雫はもともとコミックを読んでいて、ドラマの毎回の展開も楽しみで、参加できて嬉しかったです。タイヤは骨太な社会派人間ドラマ。シナリオ、展開ともに練られていました。各立場の人の多面的な感情、人間同士のぶつかりが多角的に表現されていました。3月中旬には両方とも撮影が終わり、3月下旬に「ふたつのスピカ」(6月~7月連続ドラマ、全7話)の撮影にイン。若い役者さん達の感情表現もとても素直で新鮮で素晴らしかった。忘れていたものをたくさん思い出した。これは今オンエアしていますが、まわりの大人が意外にも夢中になっていて、あらためて青春と呼ばれる時代の大切さと輝きを感じます。シナリオも、誰かが良いセリフを言おうとすると誰かがちゃんとちゃかして真剣ぽくしない所がリアルでよかった。
 スピカの撮影が空く4月下旬から3週間ほど「ブラック会社の勤めているんだがもう俺は限界かもしれない」(映画、2009末公開)の撮影に参加。ずっとスタジオで8人で芝居をしていたのが面白かった。芸達者な人も多く、ストーリーもてんやわんやの連続ですごく面白かった。5月中旬にブラック会社がクランクアップし、スピカの撮影に戻り、6月の上旬にスピカの撮影も終了。
  数日後、名古屋へ。NHK名古屋制作の「気骨の判決」(単発ドラマ、8月放送)の撮影。史実を基にした骨太なドラマ。約2週間の名古屋生活でひつまぶしなどの美味しいものも満喫。6月25日、名古屋から東京に帰り、そのまま渋谷のNHKに行き「あべ一座」(舞台収録、8月放送)の顔合わせ。これは3月頃にお話を頂いて、「あべ」じゃないのになんでだろう?と思ったんですが、理由を聞いて納得。さすが宮藤さん、面白いことを考える。7月11日の本番に向けて稽古が始まった。稽古は実質10日くらい(5時間が5日、8時間が5日くらい。)それで2時間半のステージを作れるのだろうか。普通の舞台は1日8時間の稽古を一ヶ月、本番が始まっても日々修正。しかし今回は時間がない、さらに本番は一回。出演者も100人以上でコーナーも多い。でもなんとか稽古をみっちりと重ねて重ねて本番。最終的に全通しの稽古が終了したのが本番当日の17時半。本番は18時半、ぎりぎりまで調整。そして幕が開いた。ものすごく楽しかった。いろんな役をやった、あまり一つ一つ難しく考えずに、なんでもやって、楽しんで、田辺のままでいいんだよ、というメッセージを感じた。いろいろなことで悩むことも多いけど、今回の仕事をやった意味がそこにあるのかなあと思った。出演者とスタッフ、3000人の観客が一体となってとにかく突き進んだ。幕が開くまで阿部サダヲさん、阿部義晴さん以外の出演者は全てシークレット、内容も一切知らされていない。お客さんには目の前で次から次へと繰り広げられる奇想天外のステージを楽しんでもらえたようでよかった。
 宮藤さんとの仕事は4回目、いつも考えもしなかったことをさせてもらい、とても面白い。歌、踊り、5つの役、MCをやった。とても楽しい時間だった。次の日の仕事が朝早かったので打ち上げには参加せずに帰った。2009後半もがんばります。

2009年5月27日

Time Cupsule  2009/05


 映画やドラマの合間の休日、時間があったので生まれてから10歳まで暮らしていた町を散歩。まずは杉並区の永福町にある大宮八幡宮へ。とても大きな地元の神社。生まれたときのお宮参りもここだし、幼稚園も神社内にある幼稚園に通っていた。今でも気が向いたときに(年に五回くらい)はこの神社にお参りに来る。神社は昔から変わらないけど、幼稚園は昔は木造の校舎だったけど、今は新しくなっている。後輩達の園児が楽しそうに声を上げていた。
幼稚園の隣には大きな区民プールがあって、小学生の頃、夏によく行った。神社の隣の和田堀公園のあたりは昔のままだ。釣り堀や池もそのまんま。住宅街も意外に昔のまんま。マンションに変わった所もあるけれど、お店や家や雰囲気は三十年前とあまり変わっていない。駄菓子屋などなくなったお店もあるけれど、小さな文房具屋さんやお肉屋さんなどはそのまんまだ。僕が生まれた小さな病院は普通の住宅になっていた。
 通っていた松ノ木小学校も昔のまんま。最近では夏に松ノ木プロレスをやっていて、なかなか盛り上がっているらしい。当時、仲が良かった山崎くんや高橋くんや池田くんの家の前も通ってみたけど、みんなもう、この町には住んでいないっぽかった。ちょっと寂しい感じもするが、どこかで元気にやっている事だろう。僕が五年生の時に転校した後に、その3人が、僕がその町に帰ってきたときに町の事を思い出すように、メッセージや思い出の品をタイムカプセルに入れて埋めてくれた。当時、電話でその場所を聞いていたはずだが、今回それらしき場所に行ってもどこだか分からなかった。
 そのまま歩いて10分くらいの子供の頃によく行った阿佐谷の商店街へ。ちょっとびっくり。アーケード街が駅から数キロ続いているのだが、シャッター商店街には全くなっていなくて、平日の昼なのに人が溢れていて、お店もみんな開いていて、活気があった。スーパーなどもあるけれど、この辺の人たちはみんな、小さな魚屋や肉屋で買い物をしていて、それを楽しんでいるんだなあと思った。人と人が支え合っているというか、弱さやなんかも含めてかかわり合って生きている感じがした。下町に行くともっとそういう要素が増えるのかもしれないけど、10歳から住んでいる山の手地区にはない雰囲気だなあとあらためて思った。山の手の良さもたくさんあるけど、ここと比べると個々の壁が高い感じがする。久々のその解放感に、僕もちょっと嬉しくなって、何か買うときや暇そうなおじさんに声をかけるようにした。挨拶程度だったり、ちょっと立ち話的に話を聞いたり。信号待ちで隣にいるおばあちゃんにも「今日は暑いですね」とか、何かいつも以上に壁をとりはらって、人と関わりたい気分だ。僕も含めて弱い、でもみんながんばっていて、楽しもうとしている。
 アーケード街を歩いていて、お腹が減ったけれど、とりあえず地元だった町まで戻って、子供の頃にお小遣いで唐揚げを買っていた小さなお肉屋さんでメンチカツなどを買って、飲み物もコンビニじゃなく、昔からがんばっている雑貨屋さんで買って、子供の頃に遊んでいた公園で食べた。子供の頃に、毎日、日が暮れるまで遊んでいた町。今、もう一回やり直せと言われても、やはり同じ遊びをすると思う。遊ぶ場所がたくさんあって、好奇心は途絶えなくて、子供の目から見ると、世の中はどこまでもどこまでも広い感じがした。

2009年4月3日

b/d 40th  2009/04


 誕生日です。どこから見ても充分に大人!の年齢になりました。成人式二回分です。これからも空に浮かぶ風船のように、川面に浮かぶ木の葉のように、ゆらりゆらりと大きな広い美しいところを目指して旅していきたいと思います。 

2009年3月6日

act  2009/03



 俳優という仕事をさせてもらって早17年。最近はとても幸せを感じる。とことんまで何かを追求して、表現をすることがとても楽しい。神の雫はもともと原作を読んでいたということもあり、濃い収録をすることが出来た。公開中の「少年メリケンサック」のTELYAというキャラも演じていて面白かった。映画を見た人にも好評なようなのでとても嬉しい。       
 10代の頃に、シティボーイズや怪物ランド、スネークマンショーに影響を受けて、友達とコントを作り始めた。笑いの中に人生の輝く部分が見えたり、切なさが見えたり。長いものを作るのは大変なので、コントだと短い時間で、突拍子もない設定で物語が作れる。笑いというシュガーコティングの中に優しく口当たりの良いテーマを織り込める。そしてそれらを短編映画として作り始め、映像を作ることに興味を持った。そして演じることを始めた。    
 23歳の時にフランスに行って、フランス語では俳優のことを「コメディアン」、女優のことを「コメディエンヌ」と呼ぶ事を知った。演劇のことは「コメディ」。それで自分の中で何かが結びついた。笑いは人生の美しさ、切なさ、孤独、喜びを表現するために必要な要素だと再認識した。人は悲しい時にこそ笑ったり、笑うしかなかったり、笑いが何かを救ったり、幸せにしたり、真剣な姿が笑えたり、笑った後に残る何か・・・。各国でもお笑いを作り出す人は同時に深みのある表現者でもある(日本だと松本人志や小林賢太郎、板尾創路など)。これからも自分なりに真摯に探求し、楽しくやっていこう!と思います。

2009年1月1日

A/H/N/Y   2009/01



あけましておめでとうございます! 
ことしもよろしくおねがいします!!

2008年12月7日

NYC5  2008/12





 5日目、帰る日。やはり朝6時には目が覚めた。健康的だ。11時の飛行機なので8時にホテルを出れば大丈夫。荷物のパッキングは昨夜してあったので、近くのスタバへ。スタバの手前の旅行代理店の窓に張ってある紙を見ると、ロンドンまでの航空券が結構安かった。今から日本に帰ると14時間、ロンドンなら6時間・・・うーん、魅力的だ。このままロンドンに渡って、西廻りで1ヶ月くらいかけて日本に帰ってくるのも面白そうだ。しかしまあ、早いところ日本にも帰りたい。日本はやはり落ち着く。
 コーヒーを飲んで暖まり、ホテルをチェックアウト。ホテルと契約しているタクシーで空港へ。タクシーの運転手さんは普通の主婦っぽい白人のおばちゃんで、どう見てもこの大きな車をいつも運転している感じはしない。日曜日だけ、車を借りてハイヤー業をやっているっぽい。いろんな所で、いろんな人の人生を想像する。降りる時に「水曜にテレビで見たわよ。」と言われた。ハッピーフライトの舞台挨拶は地元のテレビクルーも結構来ていたのでそのテレビを見たのだろう。嬉しい。車を降りて、飛行機のチェックインをした。道は空いていて早く空港に着いたので、コーヒーを買って外でぼんやりと風景を眺める。17年ぶりのNY、次に呼ばれるのはいつだろうか、など考えつつ。近くにスズメがたくさん来て、エサを食べていた。みんな丸々していて、おなかが地面に着きそうなのが可愛かった。